静岡県島田市牛尾にある熊野神社をご存知ですか?
この神社には、樹齢400年を超える巨大なクスノキが鎮座し、神社とともにこの地を見守り続けています。今回は、歴史ある熊野神社と、市指定天然記念物に指定された大クスノキの魅力をご紹介します。
自然と信仰が織りなす、島田市の隠れた名所をぜひ一緒に探訪しましょう。
熊野神社の歴史と特徴
熊野神社は、慶長元年(1596年)頃に地元住民によって産土神(うぶすなかみ)として勧請されたと言われています。
祭神として伊邪那岐尊・伊佐那美尊・須佐之男命の三柱を祀り、毎年10月17日に例祭が執り行われています。
熊野の神々のお遣いとされ“勝利への道”のシンボルであり、サッカーワールドカップの日本代表チームのマスコットでお馴染みの、JAFのシンボルマーク「ヤタガラス」(八咫烏)と呼ばれる“三本足の烏”の彫り物が奥の院の正面にあります。
本田山荘の東にある薬王寺門前から長い石段を登り詰めると、標高約110mの牛尾山の南端に熊野神社の正面が現れます
熊野神社の見どころ
- ヤタガラスの彫り物
奥の院の正面には、「ヤタガラス」(八咫烏)と呼ばれる三本足の烏の彫り物があります。これは熊野の神々のお遣いとされ、「勝利への道」のシンボルとして知られています。 - 神話との関連
「古事記」や「日本書紀」には、神武天皇の東征の際にヤタガラスが道案内をしたという記述があり、熊野神社の神聖さを物語っています市指定天然記念物「熊野神社の大クスノキ」
熊野神社の境内に鎮座する大クスノキは、その圧倒的な存在感で訪れる人々を魅了します。
- 樹齢と大きさ
- 樹齢:約400年
- 樹高:35m
- 根回り:11m
- 文化財指定
平成13年(2001年)3月26日に、当時の金谷町の文化財(天然記念物)に指定されました。 - 特徴
境内に太く大きな根を広げ、神社とともにこの地を見守り続けています。目通りには注意縄が巻かれ、神社の歴史を物語る威風堂々たる姿を見せています。
地域の伝説「大きな二本の木の話」
金谷の昔話に、大井川を挟んで立つ大きなクスノキとシイノキの話があります。
大井川の向う岸に一本の大きなクスノキが立っていました。大井川のこちら側にも、やはり大きなシイノキが立っていました。
この二本の木は、あばれんぼの大井川をはさんでいつも口げんかをしていました。シイノキが「おれの方が古くて大きいさ。なにしろ粟ん岳の無限の鐘がゴーンと鳴り始めた時は、おれの生まれたずっと後なんだ」と言えばクスノキも負けずに、「わしの方が古くて大きいよ。駿河山に古墳を造る人たちがエッサカモッサカ土を運んだ時から生きているんだからな」とやりかえします。
シイノキがわめくと、あばれんぼ大井川はやかましさにかんしゃくを起こして、駿河の山にザザザン、ザンザンと波をぶっつけます。クスノキがわめけば横岡や志戸呂の村に、ザーンザ、ザーンザ波をぶっつけます。
このやかましい声とあばれ川の音に駿府のお城のお殿さまはすっかり閉口してしまいました。そして、「二本の木には川向こうでけんかをさせろ。駿河の山は切り離せ」と家来に命じました。クスノキの立っている山は切り離され、大井川の流れはクスノキより東側に変わりました。二本の木の間には大井川がなくなりました。
クスノキとシイノキが、今まで川だった所を呆気に取られて見つめているうちに、村の人たちはせっせと田を作り畑をたがやし、いくつも村を造りあげました。
人々の働きぶりを見ているうちに、二本の木は気持ちが穏やかになりけんかの事など忘れていました。その後すっかり豊かな心になり、仲直りした二本の木はますます大きくなりました。
この二本の木が互いに自分が古くて大きいと言い争う様子が金谷の昔話として語り継がれています
ぜひ熊野神社に来た際には昔話を感じつつ、この二本のクスノキを見てみてはいかがでしょうか。
まとめ
島田市の熊野神社は、歴史的な価値と自然の豊かさが融合した魅力的なスポットです。
特に、樹齢400年を超える大クスノキは、神社の神聖さを一層引き立てる存在として、地域の人々に大切に守られてきました。この神社を訪れることで、日本の神話や伝説に触れ、悠久の時を刻む自然の力を感じることができます。
静かな佇まいの中に、島田市の歴史と文化が凝縮されているのです。島田市を訪れる機会があれば、ぜひ熊野神社と大クスノキを訪ねてみてください。
長い石段を登る少しの労力は、頂上で出会う荘厳な景色と神秘的な雰囲気によって十分に報われることでしょう。
自然と信仰が織りなす、この特別な場所で、心静かなひとときを過ごしてみませんか所在地
島田市牛尾1438
- 樹齢と大きさ